「うまい」

どんなに、豪華な家に住んでも。どんなにお金があっても、美味いめしがなければただの箱、ただの金属や紙。と言えるくらい質のうまいものを生産したいと考えるようになりました。まだ実体が追いついていないのが悔しい限りですが、いったいどうすれば「うまい」に結びつくのか。これは難問です。見事な天守閣の城の上で、大勢の使用人に囲まれ、金にあかせて世界中から集めた高級な食材の料理が「うまい」のか。たぶん「うまい」でしょう。これもひとつの「うまい」の形です。しかしまぁ、僕の身の丈ではそんなこと出来る訳もなく、そうすると何ができるのか。例えば、猫の額くらいの小さな畑で、朝早く起きて野菜をとってきて、しぼりたてのミルクを沸かして、都合があえば肉やチーズがあって、なければ牛乳豆腐でも作って、ご飯を炊いて、食材を調理して、身近な人と食卓を囲み、その人から「うまい」って言ってもらえたら、「うまい」を共有できたらこれにまさるうれしいことはないのではないか。これもまた「うまい」のひとつの形なんだと思います。究極の味、至高の一品を追求するのもいいですが、「うまい」を共有する場を生み出すことも含めて、質の高いものを作っていけたらいいなと思います。